
わたし、ヱヴァを実は2017年に観るようになりました。しょうがないですよね。わたしが生まれたばかりの時にヱヴァが出来たんですから。
わたしは最初は渚カヲルくんが好きだったんですが、中に入れ込んでいくと、葛城ミサトが好きになりました。
わたしから観たヱヴァの魅力ですが、皆がメンヘラなところ、近未来的な世界観、高遠な倫理などです。陰鬱な雰囲気になるところがまた好きです。
この記事では、意味深なヱヴァンゲリヲンの主題歌の歌詞を聖書的に考察することにしました。
残酷な天使のテーゼ
そもそも残酷な天使のテーゼとは、
わたし的な勝手な考察ですが、
試練
のことだと思っております。
天使の残酷なテーゼ。
まず、テーゼの定義とは、こうあります。
テーゼ
-
定立。(初めに)立てられた命題。正・反・合の、正。
-
綱領。
天使が仕組んだ残酷な方針書。つまり、神さまのシナリオによる残酷な筋書書。
わたしが意味深だと考えている箇所は、
「
もしも二人会えたことに意味があるなら、
わたしはそう自由を知るためのバイブル。
」
これは、天使の残酷な筋書書によって出会った運命的な出会いのことでしょう。(わたしの感性による勝手な考察なので悪しからず)
これをカラオケで歌って、彼女との思い出にして、俺とのこと、この歌詞で思い出して?
とか、演出するのも有りですね。
わたしはそう自由を知るためのバイブル。
これも、真理はあなたがたを自由にするでしょう。(ヨハネ8:32)から来ている気がします。
彼女自身?が歩く聖書ってことかな?
「
人は愛を紡ぎながら歴史をつくる。
女神なんてなれないまま、わたしは生きる。
」
愛を紡ぐとはどのような意味があるのでしょう。
紡ぐ
綿・繭(まゆ)を錘(つむ)にかけて、繊維を引き出し、糸にする。
繋ぐってことを難しく表現しているのでしょうね。
愛しながら歴史をつくるってことでしょうか。
人との絆を結びながら歴史をつくる。
ステキな作業ですね。(若干夜の営み的な意味がある風に思ったのはわたしだけか。失礼)
女神なんてなれないまま、わたしは生きる。
って何なんでしょうね。
わたしには至らない点が沢山あるってことでしょうか。微妙に意味不明なところがまた素敵ですね。
まとめ
新世紀ヱヴァンゲリヲンの歌詞を考察すると、感性が豊かになっていきます。
あなたも、もし感性を豊かにする必要のあるライターとかを目指しているなら、質の低い創作品見てても無駄ですよ。
大事なのはヱヴァのような質の高い創作品を考察することです。
わたしも、少女の時にヱヴァを見とけばよかった、と思うほど。
しかし、ここは創作品考察の場でなく、聖書のブログなので、ここらへんにしておきます。
