ヨブは一回も神を呪ってませんでしたか?いいえ、あなたと同じです。

わたしは教会に捨てられ、その結果、家族にも捨てられた。まるで、ヨブのような状態ですね。

わたしにもそのような時期がありました。

まず、アサフのように教会に居場所がなく、家族で崇拝している二世が羨ましかったので、二世みたいに信仰が弱くて、肉的な人たちが羨ましいと思うようになりました。(二世で信仰の強い方は例外ですので、ご安心ください。詩編73編をご覧ください。)

教会に捨てられたということは神からも捨てられたのだろう、とわたしは思いました。しかも、神は裁いてもくれない、と。

神を呪いたくなりました。わたしは家族からも孤立し、友人も捨てました。それなのに、教会では居場所もない。

本当に一人でした。

ヨブは一回も神を呪わなかった。と思っている方も多いのではないでしょうか。

決してそうではありません。

ヨブも他の預言者も、イエス様のような特別な人間ではなく、感情を持ったものです。

「エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈をささげたところ、三年六か月のあいだ、地上に雨が降らなかった。」

‭‭ヤコブの手紙‬ ‭5:17‬ ‭口語訳‬‬

https://www.bible.com/1820/jas.5.17.口語訳

ヨブには厄介な慰め手がいました。慰めるふりをして、落ち込ませる存在が。そんな存在があなたにもいるのではないでしょうか。それで、感謝を求めるなら、尚のこと、厄介な慰め手です。

最後にそれらの慰め手はどうなるとありますか?

「主はこれらの言葉をヨブに語られて後、テマンびとエリパズに言われた、/「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。あなたがたが、わたしのしもべヨブのように正しい事をわたしについて述べなかったからである。」

‭‭ヨブ記‬ ‭42:7‬ ‭口語訳‬‬

https://www.bible.com/1820/job.42.7.口語訳

つまり、試練に遭っている人を慰めたからといって、このテマンびとエリパズのように正しいことを伝えないなら、神に背くこととなります。

では、人々を放っておけばいいのでしょうか。そうではなく、やはり神は動機をご覧になるのです。厄介な慰め手は動機も悪かったと思われます。

「全能者は何者なので、/われわれはこれに仕えねばならないのか。われわれはこれに祈っても、なんの益があるか』と。」

‭‭ヨブ記‬ ‭21:15‬ ‭口語訳‬‬

https://www.bible.com/1820/job.21.15.口語訳

この言葉はヨブが発した言葉です。

聖書には完全無欠なヒーローが書かれているのではありません。それはイエス様だけです。それ以外の人々は神が大好きで努力した人々の集まりです。つまり、あなたと一緒なのですよ。

全能者は何者なので、とはファラオが発したのと同じ言葉です。そんなことを言っても神は許されました。神は状況を把握される神さまで、人間のように冷淡な者ではありません。

わたしはこれを見た時に、人間より神に寄り頼むべきだなと思いました。神なら、あなたのことをよく分かっていらっしゃって、慰めてくださいます。悪魔により、慰めるのを止められているとしても、このように理解してくださっているだけで良いのではありませんか?

同情とはそういうものです。

ヨブの経験は完全でなかったからこそ、完全でないあなたにとって励まされました。あなたもヨブのようになれます。

以上。

大いなるバビロンの崩壊後に、わたしたちの活動が始まる……?!

「あなたの見た十の角と獣とは、この淫婦を憎み、みじめな者にし、裸にし、彼女の肉を食い、火で焼き尽すであろう。」

‭‭ヨハネの黙示録‬ ‭17:16‬ ‭口語訳‬‬

https://www.bible.com/1820/rev.17.16.口語訳

ここにある淫婦とは宗教のことで、キリスト教世界も含まれます。

いずれ、比喩的な獣はこの淫婦を喰らい尽くすのです。また、淫婦、つまり、都にいるものはそこを出なさいとか、彼女から出なさい、とあります。(わたしはものみの塔の解釈がまだ抜け出ていません。ご了承ください。でも、他の宗教でも同じことです。)

出ないなら、かなりの程度の影響を受けてしまうと思います。

わたしは愛する伴侶がいます。伴侶とは言っても結婚はしてません。言うなれば、同志でしょうか。その方が、我々が活動するのは大いなるバビロン崩壊後だろうね、というわけです。

彼は2017年から仕事が忙しくなり、返信すら出来ない状態です。その間、わたしは大いなるバビロン崩壊後に出来る限りのことはしようと思います。

わたしは組織には属しません。何故なら、どこも淫婦教会だから。政治や商業と関わりを持った宗教組織はどこも淫婦教会です。

ただの友人として、営利目的や大組織などとは関係なしに結ばれて、集まり合うのはいいと思います。バックに左翼や右翼がいるのはどこも淫婦教会です。そういう教会からは抜けましょう。

また、マタイ24章にある死骸のあるところに鷲は集まる。これは、霊的な人は見る目があるので、肉的な人が気づきそうな目立った場所には集まらないということです。

つまり、ネットでは容易には見つからないでしょう。しかし、集まり会え、と教えています。わたしもまだ集まり合う場所は見つかっていません。しかし、二人でも三人でもいいから、あなたも仲間を見つけましょう。常に集まり合える環境があるといいですね。

今のうちに淫婦の影響から目覚めている必要があります。今、淫婦を信じきっていると、淫婦が焼き尽くされた時に、どうすればいいのか分からなくなります。

その時にいるのがわたしたちです。

教会がなくて、集まり会えなくて不安という方にとってもです。

でも、まだ活動は準備中です。ご理解ください。

宗教組織がなければ、崇拝出来ないのは弱い人たちです。エリヤもエレミヤも、彼らのような人々はたったの一人で神との特別な関係を築きました。そのような覚悟がないと、決して救われません。しかし、集まり合わないと、キリストが我々を見つけるのが困難になるかもしれません。

わたしなりの聖書の解釈で宜しければ、当ブログをご覧ください。

わたしは聖書の解釈に対しては話さないと前の記事で申しましたが、そうもいかないようです。

何故なら、、、

正確な知識により、イエス様に近づくことが出来るとあるので。

わたしは他の宗教や個人のように、自分こそが正しいとは主張せぬように努力します。わたしの解釈がすべて正しいとか、わたしを神格化するのはおやめください。それでわたしが高められてしまって、わたしがそれを同意するなら反キリストになる可能性があるからです。

わたしも人間ですから、間違います。と言っておきます。また、テストと同じくどれほど正しい解釈をしているかが重要です。正しい解釈は点数となり、点数は新しい人格となります。それが救いの秘訣です。

また、当ブログをフォローして下さって、定期的にお読みになって下さるなら、新しい記事を優先的にご覧になることをお勧めします。

聖書を難しく書くような方もいらっしゃいますが、わたしは漫画を読むように、簡単に面白く皆様に読ませることを目的としています。是非とも、自分は賢くないからとか、知恵が足りないという方に読んでいただきたいです。

また、聖書の正しい解釈を身に付けたいなら、わたしだけでなく、他の方の解釈、または、あなた自身の解釈を開拓しましょう。

組織や団体を鵜呑みにしないこと、自分自身で信仰を保つこと。自由に信仰を保ち、自由に解釈を開拓しましょう。

では、説明は以上です。

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